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  • 執筆者の写真peacecellproject

抱きしめたい

更新日:2023年8月21日


こんにちは、秋月です。今回は1週間の支援活動でした。

発災から約3週間が過ぎた、3月2日朝5時にイラク・ドホークを出発しました。 PCPが拠点としているトルコ・ディヤルバクル市に車で14時間後に到着しました。

今回は、ディヤルバクルの女性団体と一緒に、より震源地に近いアドゥヤマンで支援活動を行う予定です。



PCPは、現地パートナーによる被災者への聞き取りを受け、歯ブラシ、歯磨き粉、シャンプー、液体ソープ、ウェットティッシュ、洗濯等するためのタライや、ホウキ、バケツも必要でした。それから、女性用グッズ7品目(ワセリン、生理用品、下着、櫛、除毛テープ、ピンセット、爪切り)の詰め合わせを用意しました。 トラック1台分の支援物資を準備し、アドゥヤマンに向けて出発しました。


アドゥヤマンに近づくにつれて、建物の被害がひどくなっていく様子がわかりました。 アドゥヤマンではほとんどのビルが倒壊しているか、ひび割れて傾いているなどものすごい被害でした。いつ倒壊するかわからないので、人は全く住んでいません。夜になると街頭以外の明かりがなくなって真っ暗になるので、ほとんどの人々が元々住んでいた家を失い、テントや避難所生活を送っていることがよくわかりました。


今回向かったテントサイトは、NGO等が運営しているところです。他のサイトはすべてAFAD(トルコ内務省災害緊急事態対策庁)が運営しているということでした。


このNGOテントサイトで生活をされている家族やマネージャーの方から聞き取りをしました。


これはある家族の話です。

「自分の家は全壊はしてないのですが、一部倒壊で、でも完全に家の中はもうだめな状態です。家財道具もほぼ半分以上全部だめになりました。この地震で32人の親族が亡くなりました。親族が住む3カ所のアパートや建物には、合わせて140人が暮らしていたのですが、120人が亡くなりました。」

お悔やみを申し上げて、「何か必要な物や、今困ってることはありませんか?」と聞くと、靴が欲しいと。見せてくれたサンダルは、両方とも右足で、ペアになっていませんでした。さらにサイズも違いました。

「ここに支援物資が届いているので、取りに行ったんだけれども、ペアを見つけられなくて、今こういう状態です」と話していました。


もうひとつの家族からもお話を聞きました。 この家族は、シリアからの難民の方たちでした。シリアの内戦が始まってしばらくして、もうそこにいられなくなって、2013年にアドゥヤマンに逃げて来たと話されました。一つのテントに三家族がいて、それぞれ夫婦と子供たちとで、全部で16人で一つのテントに寝泊まりしているという状況でした。


キャンプマネージャーの方にお話を聞きました。 「このNGOが管轄して運営しているキャンプの被災者の方々は、宗教や民族、本当に様々です。最初は、各地から駆けつけたボランティアさんだけで色々やっていましたが、だんだん被災者の方も、お手伝いをしながら一緒に働くようになって、まるで大家族のような、そういう繋がりができています。」と話されました。


このテントサイトには、NGOらが準備した支援物資が集まります。それをこのテントサイトの方々や、村々に配布しています。今回は、私たちの支援物資を積んだトラックを含めて4台が集まっていました。




物資を積んだトラックを先頭にして5~6台の車が続き、山を登り谷を下り、目的の村々に移動しました。トルコは岩や石の国みたいなイメージがありますが、本当にその通りで、崖の岩が地震で道に落ちてきていました。道を削り取ってしまっていたり、崖崩れで道が落ちたり塞がれている状態。私たちが向かう村への道はある程度通れるように整備されていて、たどり着けました。時々「車が落ちるかも」というような怖い思いをすることがありました。



村に到着し被害を受けた家を見ました。街のビルのように鉄筋が入った家づくりではなく、ほとんどが土壁の家でした。大きな揺れでガシャンとつぶれてしまい、その中で何人か亡くなったというお話を聞きました。多くの家屋が倒壊し暮らせない状態で、家の敷地内でテント生活をしていました。




村には動物がたくさんいたので、食べ物は自給自足で暮らしているようでした。ミルクを絞ってヨーグルト作ったり、卵をとったり、野菜を育てたりなど。ただ、村の周りは本当に商店がないので、服や生活用品に困っているという状態でした。ある子どもは、もらったパンツを嬉しそうにずっと握りしめていました。



崩れた家屋の前の道でおばあさん方が、小麦粉をこねて、伸ばして、薄いナンを焼いていました。村の人たちは強いなと、レジリエンスを感じました。しかしまた元の暮らしに戻るためには、この倒壊した家を片付けて、もしくは新たな場所に家を建てる必要があると思うと、長い時間がかかるなと思いました。


アドゥヤマンの夜は、テントサイトで被災者の皆さん、それからボランティアのみなさんと過ごしました。子どもたちが、地震のことや東日本大震災のことを、グーグル翻訳を使いながら尋ねてきました。それから、コップやボトルを使って、「揺れた、家がパターンと倒れた、泣いた」ということを表現していました。小さい子から10歳ぐらいまでのたくさんの子たちが連続で、一生懸命説明をしてくれてて、ずっと地震の話をしていました。やっぱりとってもこわかったんだろうなというのが、すごく伝わってきました。

ある女の子がgoogle 翻訳を使って教えてくれました。「寝てたら地震が来た。揺れた。ビックリしてお母さんの所に行った。一緒に階段を下りた。家にはもう行くことができない。ダメージがあまりにもひどいから。」と。夜中4時頃の、寝てる時に地震が起こったので、どの子も寝るのが怖くて、安心して眠れなかったりとかするのかなと思いました。


地震の話を聞きながら、ボランティアさんにしがみついている子どもがいました。その子は元々すぐそばの建物に住んでいて、あそこが私の家よ、と教えてくれるほどの距離でした。夜になると、街は本当に真っ暗でした。昼間から、人が住んでいる気配がないねと会話していたのですが、夜になるとはっきりわかりました。多くの人が真っ暗な自宅に見下ろされながら夜を過ごしているのかと思うと、胸が苦しかったです。


アドゥヤマンでの支援のなかで、子どもたちの様子がとっても気になっていました。ディヤルバクルに戻り、子供たちのための支援物資を集めました。ぬいぐるみを抱っこしたら、安心して眠れるかなと思い、おもちゃ屋さんに行きました。テントサイトにいる子どもたち80人分と、村の子どもたちにもと、150個のぬいぐるみを準備しました。手触りの気持ちよさとかわいらしさ、抱きやすい大きさ、男の子の大好きなアメコミキャラなど、色々議論しながら選びました。高学年の子たちは思いっきり遊び回れるようにと、サッカーボールと縄跳びも。おもちゃ屋の店主から寄付してもらったおもちゃも持って、もう一度アドゥヤマンの同じテントサイトに向かいました。


ぬいぐるみを見たとき、子どもも大人も顔がわぁーって嬉しそうなのが印象的でした。ボランティアさんたちも猿が欲しいとか、何が欲しいとかいろいろ言っていて面白かったです。子どもたちにお渡しした時のふわっとした笑顔が、持ってこれて良かったなと思いました。

テントサイトでぬいぐるみを配ってまわる時、子どもたちが助けてくれました。子どものことは子どもの方がよく知っていて、「このテントには子どもいないよ」「ここは男の子がいる」「子ども何人いる」など、びっくりするほど詳しかったです。何を書いているのやらメモを取りながら私たちを先導する姿は、まるでキャンプマネージャーのようでした。ぬいぐるみが入った大きな袋を肩に担いで、活動を手伝ってくれました。


あるおばあちゃんが、大きなくまのぬいぐるみが欲しいと声をかけてくれて、お渡ししました。ぎゅーっと抱きしめてすごく嬉しそうでした。「ぬいぐるみを自分の孫だと思って可愛がる、一緒に寝る、ぬいぐるみをもらったことを、孫に電話で伝えるね」と。喜んでもらえて嬉しかったのですが、ものすごく悲しくもありました。地震が起きていなければ、お孫さんに会えていたかもしれない。今はぬいぐるみをお孫さんだと思うことしかできない。おばあさんはとてもいい笑顔で嬉しそうに言ってくれたけれど、私は内心とても悲しくて苦しくなりながら聞いていました。


テントサイトには様々な子どもたちがいました。元気に遊んでいたのに、急に「家に帰りたい」って悲しそうに言う子。何度もハグをしに来る子。抱っこしていると安心したのか眠りにつく子。帰らないでずっとここにいて、と手を引っ張って離さない子。ぬいぐるみを抱きかかえて離さない子。そんな子どもたちと、すこしづつでも、心を通わすことが出来たのではと感じました。中には、また来てねと、宝物であろうおもちゃの指輪をくれる子もいました。一回だけじゃ無く何度も足を運び時間を共有する大切さを学びました。

ちょこっと行って、ぬいぐるみを渡して、一緒にぎゃーぎゃー騒いで遊ぶしか出来なかったけれど、過ぎていく一日一日を、笑って遊び疲れて、フワッと眠りについてくれたらいいなと、トルコをあとにしながら思いました。


思い返せば、「日本!?」とよく驚かれました。ありがとうありがとう、と何度も言われました。私たちは、被災されたみなさんのことをおもっているし、日本の人たちも同じように心配して、身を案じて、心を寄せてくれていることが、伝わっていると思います。

早く、安心して生きられる日々を過ごせますように、と、心を寄せる。 PCPは今後も被災地に行き、被災者への支援を継続していきます。

引き続き、ご支援をよろしくお願いいたします。

<緊急支援へのご協力はこちらから受け付けております> https://peacecellproject.org/turkey

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