今年9月、ドホークで演劇的手法を使ったコミュニケーションワークショップのメインファシリテーターを務めた演出家の大谷賢治郎さんの「ドホーク滞在記」を5回に分けて掲載いたします。
イラク・クルド自治区のドホークという街に 10 日間滞在し、様々な NGO 組織や学 校・幼稚園の先生たちと6回のワークショップ、ドホーク大学人文学部人権学科の学 生と 2 日間のワークショップ、そして最後に学⻑含めた大学教授たちに「演劇の可能 性」について講義を行った。
9 月 8 日夜 9 時 55 分羽田発イスタンブール行きの飛行機が台風の影響により遅延。新 しい出発予定時刻の 0 時 25 分に搭乗するも、他にも待機する飛行機がいたからか、あ と何故か何台もの貨物コンテナが降ろされる作業が 1 時間以上続き、最終的に出発し たのは 2 時半。約 2 時間の缶詰状態を隣に座るルーマニア人と苦笑いをしつつ、映画 を観ながらやり過ごす。
イスタンブールには当初の予定より 4 時間以上遅れての朝 9 時半に到着。当然乗り継ぎ便には間に合わず夕方 6 時半の便までの約 9 時間をビール、散歩、日本とのやりとり、ケバブ、海外のネットフリックスでは観られるジブリでなんとかやり過ごし、イラク・アルビール行きの便に乗り、夜 9 時半に着陸。
イラク入国は初めてだったので、 若干の不安を抱えていたものの、ビザの発行も入国も驚くほどにスムーズに、空港で待ってくれていた現地日本人スタッフ、類家宏平くんと合流、その夜は空港近くの宿に泊まることに。シャワーを浴びて日本から持ってきた泡盛を水割りで飲み、いつの間にか眠りにつく。
翌朝 10 時、宏平くんとともに最終目的地ドホークに向かって出発。約 2 時間半の車による移動の道中、不思議なほどに彼と語り合い、あっという間に到着。まずは街並みが整備されていることに驚く。道中ほとんど見ることのなかった緑、並木がきれいに並び、新しい日本車が行き交い、大きな山二つが街を囲む。日本でなんとなく想像していたイラクの街とは少し違う。とはいえ乾いた空気、匂い、並ぶ店の感じは 30 代のときに約 3 年間芝居づくりのために通ったアラブ人が多く住むイスラエルの街、アッコを思い出させる。
家を出発してから約 2 日かけて最終目的地に。準備してくださった宿が広く居心地の良い空間であることにほっとし、宏平くんと近くのお店で昼食をとる。地元の若者たちが次から次に僕らのテーブルにやってきて一緒に写真をと言ってくる。東アジア人が相当珍しいようだ。「韓国人か、中国人か?」と聞かれる。一昔前なら「日本人か?」 と聞かれることが多かったが、時代の変遷を感じる。食事を終えホテルロビーに戻り、ようやくこのワークショップを企画、コーディネートしてくださったピース・セル・ プロジェクト(以下 PCP)の高遠菜穂子さんと、福島県立ふたば未来学園高等学校の 齋藤夏菜子さん、PCP スタッフの⻄渕あきこさん、英語からクルド語に通訳してくれるスージーさん、クルド語とアラビア語に通訳してくれるランドさんと合流、打ち合わせをする。
スケジュール、どんな団体とワークを行うのか確認、通訳側としてはどんな内容のワークを行うのかを確認したかったのだろうが、こちらとしてはそれぞれの団体の活動動機や参加者の様子を見ながら内容を決めていければと伝えつつ、大枠の方向性を共有する。
頼もしい、通訳の二人とも「感じながらついていきます!」と。こんなことをやってみたいと思いながらも、いつもワークショップというものは蓋を開けてみないとわからない、参加者とも初めましてなのでこっちがやりたいワークを遂行するのではなく、どんなワークを参加者が期待しているのかに耳を傾け進めて行きたいという僕の提案を受け止めてもらう。
打ち合わせを終え少し部屋で休憩した後、クルド郷土料理のお店で菜穂子さんとあき こさん、宏平くん、そしてもう一人の PCP 日本人スタッフ秋月楓さんと夏菜子さんと で歓迎会をしてもらう。テーブルに着くと大量の前菜がたくさんのお皿に載せられ運 ばれてくる。あまりにも多いので皿の上に皿を重ねるようにテーブルに並べられる。 前菜だけでお腹いっぱいになりそうと思いながらも舌鼓を打ちながら満喫していると 羊や牛、鶏を使ったメイン料理が運ばれてくる。薦められるがままに、「うまい!」を 連呼する。
外のポーチのテーブルで食べていたので街の喧騒を見ながら食事をしていたら、小さい子ども 3 人を乗せた家族連れのランドクルーザーが店の前に停まり、スパイダーマンもどきの風船を手にした子どもたちが好奇の目をこちらに向けてくる。思わずスパイダーマンのポーズをこちらから返すと子どもたちもポーズをしかえしてくる。ヒジャブを外していたお母さんも笑いながらそっとヒジャブを被る。お父さんが子ども一人を連れて我々の席に、記念撮影をと一緒に写真を撮る。
店を出る時にテイクアウトを待っている子ども達とハイファイブ、ドホークで一番有名と言われているスイートの店に立ち寄り、そして解散、ドホークに着いた最初の 1 日を終える。
翌朝。9 月 11 日という日にイラクにいる不思議を感じつつ、時差ぼけの力も借りて 6時に起床、頭の中どんなワークショップにするか様々なシュミレーションを重ねながらホテルの朝食をとる。8時に宏平くんが迎えに来てくれてタクシーに乗りおよそ 20 分かけてドホーク大学へ。タクシーはいくらでも流れてくるのですぐに捕まる。到着し、まずキャンバスの大きさに驚く。アメリカの援助で植物園を作るという広大な土地を横目に校門から徒歩 10 分かけて人権学科のあるステューデント・センターへ。
8 時半過ぎ、ワークショップを行う部屋の鍵を開けてもらい、ストレッチしながらどんなワークショップにするか妄想。通訳のランドさんが「どんな感じになるのか、自分なりに感じたいので教えてもらっても良いですか?」と問いかけてくれたことで、頭の中で構築されつつあるプランを変更の可能性ありと踏まえた上で伝える。ありがたいことに彼女に伝えることで自分も整理がつく。そして最終的には「臨機応変にね!」 と伝えると、目を輝かせて「考えるのではなく、感じたままにですね!了解です」と。
午前 9 時、一つ目のワークショップが始まる。この日の参加者は TTC と Pait という環境問題や若者の自立支援に取り組んでいるクルド人学生を中心とした 2 団体の11 名。心理学、英語、エンジニアリング、演劇、社会学を学ぶ学生たち、そしてチームビルディングやコミュニケーションのためのワークを学びたいという学生たち。新しいこ とを学びたいという眩しいエネルギーを感じる。社会を良くしたい、家族からサポー トしてもらえない若者を助けたい、若者のためのワークショップをするためのスキルを学びたい、若者のメンタルのサポートをしたい、選択肢を増やしたい、若者に希望を与えたい、女性の自立を促したい・・・。
それぞれの声に耳を傾け、ワークショップの内容を自分の中にある引き出しから即興的に構築、やりながらも参加者の関心に注意を払いつつ、あっという間の3 時間。セ ッションの終わりに参加者からのフィードバック、それぞれが興奮しながら学びたかったのはこうした実践でしたと。この方向で今後も進めて行こうという確信を得たことと、彼らの前のめりな熱心に吸収したいという姿勢に胸が熱くなった一つ目のセッ ションを終えたことで自分でもびっくりするほどホッとする。
終了後、スタッフたちとのフィードバックを学食で。ある程度の緊張から解き放される中、それぞれが前向きな感触を共有、改めて人と人が出会い、演劇というコミュニケーションのツールで行えることの国境や人種を超えた普遍的な可能性に胸を熱くする。
大学からタクシーでホテルに戻り、少し休憩をした後、初日祝いをしようということで、PCP メンバー 全員と夏菜子さんと菜穂子さんの家のベランダで 5 匹の猫に囲まれながら禁断の豚キムチチャーハン(イスラム教の国では豚を食べない)やポテトサラダ、バグダッドのポテトチップスを食しながら、(イスラム教徒は基本お酒を飲まないので)こっそりイラクビールとアラックというお酒と共に初日を祝う。
外の風と猫たちに癒されながら初日のワークショップを改めて振り返り、翌日以降の可能性を探り、確信と安堵と共に 家路につく。
(その②につづく)
▶️大谷賢治郎プロフィール
演出家。1972年東京生まれ。サンフランシスコ州立大学演劇学科卒業。青少年向け演劇から人形劇、古典劇から現代劇、地域演劇から国際共同制作まで、様々な演劇の演出を手がける。2017年から2021年までASSITEJ Internationalの執行委員を務め、若い観客のための演劇の発展に尽力した。また、東京国立博物館でのミュージアムシアターをはじめ、世界中の子ども、若者、様々な能力を持つ大人、専門家を対象とした様々なワークショップのファシリテーターを務める。現在、桐朋学園大学准教授、東京藝術大学非常勤講師、東京都立総合芸術高等学校特別講師。
instagram https://www.instagram.com/otanikenjiro/
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